まえがき

私たち人間の身の回りには,無数の多種多様なコンピュータが存在している.そして,私たち人間は,意識するしないにかかわらず,それらのコンピュータを身近な道具として利用している.

現代のコンピュータは,高速処理機能を担うハードウェアと広範な問題適応機能を担うソフトウェアによる分担および協調によって,高速処理能力と広範な問題適応能力を同時に併せて実現する高度なシステムである.したがって,ハードウェアとソフトウェアの機能分担が実現するコンピュータの高度なシステム能力を強調する場合には,コンピュータをコンピュータシステムという.

高度なコンピュータシステムを実現するためのハードウェアとソフトウェアの機能分担方式はコンピュータアーキテクチャとして定義できる.そして,コンピュータアーキテクチャにおいては,ハードウェアが分担する全体機能を論理回路という基本ハードウェア機構によって,ソフトウェアが分担する全体機能をオペレーティングシステムという基本ソフトウェア機能によって,それぞれ実装する.


一方,工学は「人工物をつく(作,創,造)る」いわゆるものづくりに関する学問である.工学には,「もの」を何にするかによって,いろいろな分野がある.「○○工学」は,工学の対象である「もの」を「○○」に絞って行う「ものづくり学」である.

本書では,「もの」を現代の私たちの身近にある「コンピュータ」として,「コンピュータをつくること」すなわち「コンピュータづくり」に関する分野をコンピュータ工学と名付けて学習の対象とする.「コンピュータ工学」を学習して得るいろいろな知識は,専門的な知識としてだけでなく,現代の私たちが日常生活においてコンピュータを利活用する基盤を築いてくれるはずである.


工科系大学や専修学校の情報系学科や課程の学習対象は,1970年代に誕生した「情報工学」をもとにして,ますます拡がり続けている.そして,このような現況では,学習科目数の増大によって,限られた学習時間における標準カリキュラムを構成することが難しくなってきている.そこで,情報系学科や課程における独立した基盤科目である「コンピュータシステム」,「論理回路」,「コンピュータアーキテクチャ」および「オペレーティングシステム」それぞれの学習体系を崩さずに相互に関連付ける整理・統合によって,コンピュータ工学という新しい学習科目を設計し,これらの学科や課程の学生および教員諸氏に提示・提供する.


本書は,コンピュータ工学に関する教科書として,「コンピュータ工学」という学習分野を構成する「コンピュータシステム」,「論理回路」,「コンピュータアーキテクチャ」および「オペレーティングシステム」ごとに,次のように章立てしてある.

■第1章 コンピュータと工学:現代の私たちの身近にある「コンピュータ」と,ものづくり学である「工学」との関係を明らかにして,本書による学習対象であるコンピュータ工学を定義する.

■第2章 コンピュータシステム:ハードウェアとソフトウェアの機能分担によって実現するコンピュータシステムの全体を概観することによって,各章題としているコンピュータ工学に関する術語の相互関係を明らかにする.

■第3章 論理回路:コンピュータシステムにおけるハードウェアの分担機能を実現する基本機構である論理回路について,基本的なハードウェア部品の仕組みを簡潔な数学の枠組みのもとで解き明かすことによって,説明する.

■第4章 コンピュータアーキテクチャ:コンピュータシステムの基本機構および基本機能ごとに,実際的なハードウェアとソフトウェアの機能分担方式であるコンピュータアーキテクチャについて詳説する.

■第5章 オペレーティングシステム:コンピュータシステムにおけるソフトウェアの分担機能を支えるオペレーティングシステムについて,ハードウェアとソフトウェアとの連携を実現する基本的な仕組みを明らかにすることによって,説明する.


★「コンピュータ工学への招待」(本書)では,コンピュータシステム(第2章)を構成するための基本ハードウェア機構である論理回路(第3章),および基本ソフトウェア機能であるオペレーティングシステム(第5章),それぞれの根幹について学ぶ.また,それらハードウェアとソフトウェアの機能分担方式として定義できるコンピュータアーキテクチャ(第4章)の代表例について考察する.本書では,コンピュータ工学すなわち「コンピュータシステムをつくる」という観点から,コンピュータシステムを利活用している私たちコンピュータのユーザに対して,現代のコンピュータの原理や仕組みについて解き明かしている.


本書は,「コンピュータ工学」という科目について,週1コマ(90分)の講義を半年(15コマ)行うぺースを標準とする教科書として構成してある.この標準ペースでの章節ごとのおおよその講義時間(コマ)の割り振り(シラバス)例は次の通り(枠囲み)である.また,このペース(15コマ/半年)での割り振り例を参考にして,「コンピュータ工学」に割り当てられる総コマ数(別例:30コマ/1年 ※)に応じたシラバス(例※ならば,次の15コマの場合の「1コマ」を「2コマ」と読み替える)を構成できる.

●第1章 コンピュータと工学  (1コマ)

●第2章 コンピュータシステム  (1コマ)

●第3章 論理回路  (計4コマ)

◇3.1 論理回路の数学 (1コマ)

◇3.2 論理関数の表現 (1コマ)

◇3.3 論理回路の設計 (2コマ)

●第4章 コンピュータアーキテクチャ  (計6コマ)

◇4.1 基本アーキテクチャ (1コマ)

◇4.2 内部装置のアーキテクチャ (3コマ)

◇4.3 外部装置のアーキテクチャ (2コマ)

●第5章 オペレーティングシステム  (計3コマ)

◇5.1 OSの役割と機能 (1コマ)

◇5.2 プロセッサとメモリの管理 (1コマ)

◇5.3 外部装置の管理と制御 (1コマ)


本書では,「コンピュータ工学」に関する重要な事項の説明は,本文の各所で,「枠囲み」で個条書きにしてある.また,本書の核となる術語は「定義」として,また,「定理」はできるだけ証明とともに,それぞれ枠囲みで明示してある.さらに,説明事項を実際的に補足するために,本文の各所に,「例題」を解答例を明示して設けてある.各章末には,章ごとに学習した事項についての理解度をチェックするために,その章全体に関する「演習問題」を置いてある.これらの演習問題の略解は,本書の末尾にまとめてある.

また,補足的な説明および「コンピュータ工学」以外の術語や参考情報については,本文の論旨や展開を妨げないように,〔注意〕,《参考》あるいは「注釈」として本文の欄外に切り出してある.加えて,私たちの身近にある「コンピュータ」や「工学」に関する6つの話題について,やわらかくまたかみ砕いて紹介する枠囲みのコラムを,各章および本書の末尾に,鳥瞰(ちょうかん)と名付けて置いてあるので,学習や講義の合間の息抜きに使ってほしい.

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