まえがき

本書では,「情報を高度に処理するコンピュータにおける“オペレーティングシステム”(Operating System; 本書では“OS”と書く)の基本的な役割」について,解き明かしている.

本書は,大学学部,高等専門学校,専修学校のコンピュータサイエンス(情報科学,情報工学,コンピュータ科学,コンピュータ工学,などの総称)系の学科や課程における「オペレーティングシステム(OS)学」の教科書として書き下ろした.本書によって「OS学」を学習すれば,「コンピュータサイエンス」という学問体系における「OS学」という専門分野の学問的位置付けが明らかになる.

私たち人間は,いつでもどこでも,また,知らず知らずのうちにも,情報を処理(変換,伝達,表現および蓄積の総称)する高機能な道具として,コンピュータを利用している.このとき,コンピュータのユーザ(利用者)である私たち人間と,その道具としてのコンピュータそのものとの間に立って,道具であるコンピュータの使い勝手を高めたり,コンピュータの能力を最大限に引き出したりする基盤機能が“OS”である.

コンピュータの全体機能は,コンピュータの超高速な情報処理能力を担う“ハードウェア”と呼ぶ機能と,コンピュータの幅広い問題適応能力を担う“ソフトウェア”と呼ぶ機能とを組み合わせた“コンピュータシステム”として実現する.“OS”自身は,ユーザが道具として使うコンピュータシステム上で稼働するソフトウェア機能であり,その点で,ユーザとハードウェアとの間に置く基盤ソフトウェアといえる.ユーザとハードウェアとの間に置くソフトウェアとしての“OS”は,ソフトウェアとハードウェアとの接点(インタフェース)としての“基本機能”と,ユーザとコンピュータシステムとの接点(インタフェース)としての“応用機能”との,2大機能で構成する.コンピュータサイエンス系の学科や課程では,前者の“基本機能”は「オペレーティングシステム」あるいは「システムプログラム」などの,後者の“応用機能”は「ユーザインタフェース」あるいは「ヒューマン−コンピュータインタラクション(HCI (Human-Computer Interaction); 人間とコンピュータとの相互作用)」などの,それぞれ講義科目の対象となっている.教科書としての本書がカバーする範囲は前者の情報基盤技術としての“OSの基本機能”である.

“OS”は,“コンピュータシステム”や“ソフトウェア”および“ハードウェア”と同様に,先端的かつ高度な技術である.「これらの先端的技術をもつ『高度専門技術者』になる」ためには,最終的に,それらの技術についての「ハウツー(how to)」を身につけなくてはならない.具体的には,“OS技術”として「ハウツー(how to)」は,「“OS技術”を実現するためにはどんな方法を使えばいいのか?」や「どうしたら“OS技術”を実現できるのか?」である.一方,本書では,“OS”の一般的な役割について,「“OS”はコンピュータサイエンス学の基盤的専門分野」の位置付けで,学術的に整理し明らかにする.「“OS”の一般的な役割についての学術的な整理」とは,「“OS学”の紹介」であり,「“OS”の『ホワットツー(what to)』を明示する」ことである.“OS技術”としての「ハウツー」に対比すると,“OS学”としての「ホワットツー」は,具体的には,「“OS”によって何を実現したいのか,あるいは,何を実現するのか?」,「“OS”によって何をしようとしているのか?」,「“OS”の目標は何か?」,「“OS”は何の役に立つのか?」などである.

本書では,総論各論を問わず,まず,「“OS”の『ホワットツー』」すなわち“OS学”について体系的に整理し明らかにする.そして,その「ホワットツー」に沿って,「“OS”の『ハウツー』」すなわち“OS技術”の具体について学べるようにしている.本書は,「ハウツー本」ではなく,「“OS学”の教科書」としての「ホワットツー本」である.本書の目標は「“OSの基本機能”についての一般的な知識の体系化」である.本書には,例示を除いて,「個別のOS名称」である固有名詞は出てこない.本書によって身につける“OS学”は,現存する,さらには,これから出現するであろう,どんな固有名詞の“OS技術”にも通用するはずである.本書の読者は「情報基盤技術としての“OS技術”についての『ホワットツー』を身につけている高度専門技術者」になれる.


「情報基盤技術としての“OS技術”に関する教科書」として,本書は,次の4章立てで構成している.
●第1章では,「OSの役割や目的,技術史上での位置付け,および,それらを実現するための基本原理と基本機能」について概説する.
●第2章では,「コンピュータのハードウェア装置であるプロセッサ,および,ソフトウェアの機能単位であるプロセスの時間的な管理」について詳説する.
●第3章では,「コンピュータのハードウェア装置であるメインメモリとファイル装置を併せたメモリ上でのソフトウェアの管理,特に,空間的な管理」について詳説する.
●第4章では,「コンピュータのハードウェア装置である外部装置,特に,入出力装置とコンピュータネットワークを含む通信装置,の管理および制御」について詳説する.


“OS”に関する重要で核となる術語は,本文の各所で,「定義」として抜き書きしている.また,各項に適宜「まとめ」を小項として置き,読者の学習の一助としている.なお,“OS”以外の情報基盤技術に関する術語については,「参考」という囲み記事にして本文の各所に置いてある.さらに,補足的な説明については,本文の論旨や展開を妨げないように,「注意」として切り出してある.

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