イスタンブール(Istanbul)(3) ―東西文明の接点/分水嶺―


「チャイ」はトルコ語で,英語の「ティー」です.
だから,両者は実質は同じ物を指します.日本では「紅茶」です.
でも,紅茶(ティー)みたいに葉っぱを区別することはないみたい.

肉は回教ですので豚は食べません.羊が主で次に鶏,牛もマクドのハンバーガ程度で,まともな料理にはないみたい.
ただ,トルコ料理のすべてを試したわけではないので.
トルコ料理についてはもう少し情報を集めてからレポートします.

トルコは東西文明の接点とよく言われますが,これは逆にいつも東西から交互に攻められてきたことを示しています.何か重要な資源があるというわけではないのに,軍事上の重要拠点として常に侵略にさらされ続けた被征服民の歴史があります.
だから,75年前に共和国を建国し,それまでの1700年に及ぶローマ帝国とオスマントルコの征服から解放したムスタファケマルは「トルコの父」(トルコ語で「アタチュルク」)と呼ばれ尊敬されているそうです.
どのお札もその肖像画はすべてアタチュルクで,地名などにもアタチュルクが付くところが目に付く.

それでも共和国には少数民族(クルド人)が居て独立ゲリラをやっている.
文明は宗教でもあるし,キリスト教と仏教に挟まれた回教という位置付けもトルコ気質に影響している.
日本は島国気質だから,全然理解できんやろなあ.

ホテルの前の海(=ボスフェラス海峡,川みたいだけれど海です)はトルコさらにはイスタンブールをヨーロッパとアジアとに分ける分水嶺です.海峡の北の先は黒海(これも湖ではなく海です),南はマルマラ海峡を経由して地中海へとつながります.
1泊$30(\3600)を奮発してボスフェラス海峡側の部屋に移してもらいました.
オリエント急行がこのヨーロッパ側から延ばせずにイスタンブールで終点となったのはこの海峡のためです.だから,イスタンブールの旧市街(ヨーロッパ側)にオリエント急行の終点の駅が,アジア側にはアジアへの始発駅が,それぞれ別にあります.

土地の歴史は全盛期の考古時代からありますから,世界史や地理学,考古学を研究する者にとってはいろんな宝物がごろごろと転がっていることでしょうね. 事実,博物館の数は多く,それぞれが相当規模です.大規模の意味は所蔵/陳列品の年代がとんでもないくらいに長いことです.それもどこからか集めてきたものではなく,自前のものが多い. イスタンブールへ行く機会があったら,世界史を集中学習してから行くと,きっと楽しい旅になるでしょうネ.

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日本人の観光客は少ない.危険度が高いせいでしょうか? 農協かいなと思う小規模な日本人金満夫妻のツアーを目にすることもありますが,少ない.ボクのような旅の仕方では,彼らとの接点が無いのかな.
きっと,トルコやイスタンブールの良さを旅で引き出すには博識を付けておく必要があるからでしょう.
金満夫妻が博物館巡りや回教寺院巡りでは退屈でしょうね.そういえば,彼らはどこに出没しているかというと,バザールの貴金属屋と絨毯(じゅうたん)屋でした.
カメラを持った観光客が非常に少ないのと,トルコ人自身にカメラが普及していないので,カメラを持って構えたりするとボクのような貧相でも金満に見えるのでしょうか,悪質な客引きが群がり寄ってきます.
旅行はよその土地で地元では隠れて見えなかったものを見つけたり自分を見直したりする良い機会.若いうちから旅に出よう」.
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