まえがき
- 本書のタイトルは「並列記号処理」である。しかし、本書の重点は「AIマシン」、「第5世代コンピュータ」、「記号処理コンピュータ」、「記号処理システム」、「記号処理マシン」、「記号処理プロセッサ」のアーキテクチャについて論じることに置いている。もちろん、本シリーズが刊行される背景には今日の並列処理の隆盛があり、本書の内容の中心もタイトル通り「並列記号処理」である。著者がコンピュータ・システムやコンピュータ・アーキテクチャに関する研究分野を一貫して歩んで来ていることを基盤にして、本書では、最近の記号処理システムや記号処理コンピュータについて、コンピュータ・システムにおけるハードウェアとソフトウェアの機能分担の割合(これを本書では「ハードウェア/ソフトウェア・トレードオフ」と呼ぶ)の観点から迫ることにした。「最近の記号処理システム」が「AIマシン」や「第5世代コンピュータ」であるので、その辺りのトピックスも豊富に入れてある。
- 本書では「コンピュータによる記号データに対する操作・処理」を「広義の記号処理」と定義する。言い換えると、1次情報(生データ)であるビット・パターンから記号を意味のある情報として抽出処理する操作である。記号データに対する基本操作としては、パターン探索/認識を中心に、比較、選択、整列/並び換え、照合、論理/集合演算などがある。
- 最近では、人工知能(AI)が記号処理の一大分野を形成している。現在のAIでは、人間(ヒューマン)が行う推論や学習および知識の管理をコンピュータ(マシン)が記号を用いて代行できるように、それらの処理過程をモデル化する方法論が主流となっている。すなわち、AIにおける処理とは、数値データよりも記号データに対する操作が中心となる。また、AIにおける記号データ操作では、文字列処理などのように単独の記号を対象とするのではなく、記号間の関係を処理対象とするのが特徴的である。処理対象として、文字列/画像/図形などの1次情報よりも、むしろそれらを記号化して関連付け、知識として抽出する点で、AIが必要とする処理機能は記号処理の基本処理の大半を包含していると言える。この意味で、AIは記号処理全般にわたる汎用処理すなわち「狭義の記号処理」と言えよう。また、知識処理などの最近のAI応用では数値処理よりも記号操作が主となることから、「最近の記号処理」はAIそのものと考えても良い。本書で取り扱う「記号処理」とは、狭義の記号処理の定義である「AI」である。
- 本書では、一般的な情報処理システムの階層構造において、応用問題を「記号処理」とした場合のハードウェア/ソフトウェア・トレードオフすなわち記号処理コンピュータ・アーキテクチャについて、その最新動向を詳しく紹介することを狙っている。特に本書では、ソフトウェア機能とハードウェア機能との機能分担による記号処理システムの構成方式について論じることに重点を置いている。一般的に、AIの応用プログラムを高速に処理する専用コンピュータを「AIマシン」と呼んでいる。本書で言う「記号処理」が「AI」であることから、本書で紹介する「記号処理システム」とは、この「AIマシン」として良い。
- また記号処理応用分野においても最近、並列コンピュータや並列マシンの開発・研究あるいは実用化・商用化が盛んとなっている。本書では特に、この並列マシン・アーキテクチャを記号処理やAI向きに専用化した「並列記号処理システム」や「並列AIマシン」について重点的に述べることにする。
- 最近利用されている記号処理(AI)用プログラミング言語としては、Lispで代表される関数型プログラミング言語、Prologで代表される論理型プログラミング言語、Smalltalk-80で代表されるオブジェクト指向プログラミング言語、およびシステム上でグラフや木構造として実現される知識表現やその更新手続きそのものを効率良く構築・操作するための知識表現用プログラミング・システムとして意味ネットワークやプロダクション・システムなどがある。
- 本書では、(A) Lispマシン/Prologマシン/Smalltalkマシンなどの記号処理(AI)用プログラミング言語で記述したプログラムを専用処理するマシン;(B) 意味ネットワーク・マシン/プロダクション・システム・マシン/知識ベース・マシンなどの知識表現(知識ベース)形式そのものを指向する専用マシン;を中心とする狭義の記号処理向きコンピュータ(AIマシン)あるいは記号処理システムについて述べる。
- また、本書のタイトルは「並列記号処理」であり、本書では、記号処理コンピュータの中でも、「並列コンピュータ」に重点を置いている。しかし、「逐次コンピュータ」の機能の中にも並列性が存在することがあるので、一般的には「逐次記号処理システム」とされているものでも、本書では、一般的な記号処理機能や記号処理向きプログラミング言語の説明も兼ねて詳しく説明している。本書では、記号処理コンピュータ・システムをまず処理方式が逐次型か並列型かによって大別し、さらにその各々を対象とするプログラミング言語によって細分する。
- 第1章では、記号処理用プログラミング言語、記号処理システム、記号処理技術の歴史などについて概説する。第2章では、逐次型のシステム構成方式をとる逐次記号処理システムとして、Lispマシン、Prologマシン、Smalltalkマシンなどについて詳述する。第3章では、並列型のシステム構成方式をとる並列記号処理システムとして、並列Lispマシン、並列推論マシン、知識表現向き並列マシンなどについて詳述する。第4章では、並列記号処理の課題と将来および新しい並列記号処理方式などについて展望する。(目次)
- 本書では、この種の書物にありがちな実例の諸元や構成図の羅列は避け、むしろ実例をハードウェア/ソフトウェア・トレードオフの観点から分類・整理することによって記号処理に必要な機能や機構を洗い出すことに重点を置いている。紹介するべき実例を最小限にとどめるために、実例については、最新のもの、実際に製作されているもの、アーキテクチャが斬新で影響力が多大なものを優先して取り上げている。従って、参考文献についても、できる限り最新で入手し易いものを選び、特に実例の参考文献については代表的なものを一つだけ挙げるにとどめている。
Mr. K. SHIBAYAMA's HOME PAGE に戻る!