まえがき
- 本書は,情報工学/情報科学(コンピュータサイエンス)の専門コア科目としての「コンピュータアーキテクチャ」の教科書として書き下ろした.したがって,本書は,一般向きのいわゆるコンピュータリテラシ科目としての「コンピュータハードウェア」あるいは「コンピュータシステム」の入門書ではない.
- 「コンピュータアーキテクチャ」は「コンピュータハードウェア」ではなく,「コンピュータシステムを構成する2大機能であるハードウェアとソフトウェアとの適切な機能分担を図るための技術」である.これが本書の立場である.したがって,本書では,ハードウェアとソフトウェアとのインタフェースに焦点を絞って,コンピュータシステムを構築する際の,そのインタフェースの設計方式について詳解している.特に,ハードウェア機構とシステムプログラム(コンパイラとOS)との関係については大きくページを割いた.
- また,ある特定のコンピュータのハードウェアマニュアルにならないように,現代のコンピュータアーキテクチャ技術を一般的に比較検討する立場から本書は著してある.したがって,技術史以外には特定のマシン名が固有名詞として登場することはない.アーキテクチャ設計における方式選択ポイントの説明では,必ず,ハードウェアとソフトウェアとの機能分担からの考察を入れてある.
- コンピュータアーキテクチャの設計者であるコンピュータアーキテクトには,ハードウェアとソフトウェアとの両方にまたがる幅広い知識が要求されるのみならず,「それらをどのように組み合わせるとどんなコンピュータシステムができるのか?」を熟慮する力が要求される.「コンピュータアーキテクチャ」についての考察抜きでは,ハードウェアもソフトウェアも良いものはできない.その意味では,本書を大学生のみならず,社会の第1線で活躍しているハードウェア/ソフトウェア技術者にも勧めたい.産業界では,「コンピュータアーキテクトの出現」を渇望している.
- 本書は週1回(90分)の講義を30回(1年間)行う場合を理想的な講義時間として想定している.この場合には,前半期(15回)で本書の第1〜4章を,後半期(15回)で第5,6章を,それぞれ講述・学習するとよい.第7章は実際のアーキテクチャ例や最近のトピックスを知るために選択的に講述・学習するか,大学院科目内容に回すとよい.もし,本講義科目に15回(半年)しか割り当てられないならば,第2,5,6章を中心に講述・学習し,第1,3,4,7章は選択的に講述・補習するとよい.(目次)
- また,コンピュータリテラシ(literacy: 活用能力,使いこなすための知識)あるいはコンピュータサイエンスリテラシとしての代表的かつ一般的なコンピュータアーキテクチャについて速習したい場合には,第2章を重点的に学習し,それを第5〜7章の実際例で補うとよい.
- 本書でコンピュータアーキテクチャを学ぶ際の前提となる知識としては,コンピュータシステムに関する概略的な知識だけで十分である.
- 各章末の「演習課題」はオープンクエスチョン(公開質問状)であり,著者自身まだ解答を持っていないものを挙げた.これらの課題にコメントすることが「これからのコンピュータアーキテクチャ学の取り組むべき課題」と考えている.どうか,1題でも良いから考察を加え,そのレポートを著者宛(電子メールアドレス:shibayam@dj.kit.ac.jp)に送って下さい.
- 現代のコンピュータメーカの世界は(やむを得ずかもしれないが)「性能第1主義」に陥っている.しかし,現代のコンピュータ技術を支えてきたのは「芸術」に近いユニークさやオリジナリティであることを思い出してほしい.今では,商用マイクロプロセッサの性能競争の最先端に位置するRISCもスーパスカラアーキテクチャも,既製品や既成事実をひっくり返すことから発達してきた.本書の読者諸氏や演習課題のレポート提出者から,「世の中に1台しかないコンピュータアーキテクチャ」の設計者が生まれることを望みたい.
前に戻る!